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東京地方裁判所 昭和63年(ワ)5035号 判決

原告

東窪照雄

甲事件被告

上田吉廣

乙事件被告

日個連東京都営業協同組合

ほか一名

主文

一  甲事件被告は、原告に対し、一億七〇五七万八三〇八円及びこれに対する昭和六二年一二月二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告の甲事件被告に対するその余の請求及び乙事件被告らに対する請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、これを一〇分し、その三を原告の、その余を甲事件被告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一原告の請求

甲事件被告及び乙事件被告らは、原告に対し、連帯して二億四六四五万八七三〇円及び甲事件被告はこれに対する昭和六二年一二月二日から、乙事件被告らはこれに対する昭和六三年五月二四日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、甲事件被告(以下「被告土田」という。)が運転していた普通乗用自動車(個人タクシーで車両番号は品川五五を一六二九である。以下「加害車」という。)と原告が運転していた原動機付自転車(以下「被害車」という。)とが衝突したために原告(昭和一九年四月一〇日生)が負傷した事故(以下「本件事故」という。)につき、原告が加害車の運行供用者である被告土田に対しては自賠法三条に基づく損害賠償請求、乙事件被告日個連東京都営業協同組合(旧称日本個人タクシー連合会東京都営業協同組合。以下「被告営業組合」という。)に対しては民法四四条、七一五条一項に基づく損害賠償請求並びに日個連東京都営業協同組合交通共済部規約(甲六。以下「本件規約」という。)及び交通共済約款(乙二。以下「本件約款」という。)に基づく損害賠償給付金の支払請求(予備的に、民法四二三条に基づき、被告土田に対する前記損害賠償請求権を被保全債権とした右給付金の代位請求)、また乙事件被告日個連東京都交通共済協同組合(被告営業組合の交通共済部門が同営業組合から独立した法人である。以下「被告交通共済」という。)に対しては右被告営業組合の原告に対する各債務を併存的に債務引受したとして、その履行請求をした事案である。

一  争いのない事実

1  本件事故の発生

(一) 日時 昭和五九年七月一八日午後一〇時四〇分ころ

(二) 場所 東京都港区麻布台三丁目三番九号先路上(以下「本件事故現場」という。)

(三) 事故態様 被告土田が、飯倉片町交差点方面から新一の橋交差点方面に向けて、本件事故現場の片側三車線の道路の左端に加害車を停車させ、被告営業組合からの配車の無線連絡を受けるために待機していた際、運転席から外に出るために右前ドアを開けたところ、後方から走行してきた被害車と前記ドアが衝突したため、被害車を運転していた原告が転倒した。

2  被告らの関係

被告営業組合は、昭和六〇年七月九日までは日本個人タクシー連合会東京都営業協同組合と称し、同組合に所属する、一般乗用旅客自動車運送事業を営む個人事業者(いわゆる個人タクシー運送事業者。以下「組合員」という。)の事業に関する無線その他の共同施設の設置及び運営管理、組合員のためにする運送の引受及び配車に関する共同事務、組合員の扱うチケツト・クーポン営業に関する共同事業、共済に関する事業等を目的とする協同組合であり、右同日現在のとおり名称変更した。昭和六一年七月二四日、被告営業組合から交通共済部門が分離独立し、組合員の右事業による交通事故に対する共済事業等を目的とする被告交通共済が設立された。

本件事故は、被告営業組合における本件規約及び本件約款が適用される交通事故であるが、本件規約及び本件約款に基づく本件事故による損害賠償給付金の支払主体は被告交通共済である。

被告土田は、本件事故当時、被告営業組合に加入する組合員であつた。

3  損害の填補

(一) 被告交通共済は、原告に対し、損害の填補として、以下のとおり、合計一億〇〇七八万七一二〇円を支払つた。

(1) 本件事故発生日から、昭和六二年九月三〇日までに要した治療費として二五〇五万五〇八七円

(2) 本件事故発生日から、昭和六二年一〇月一〇日までに要した付添介護費用として二〇六九万六八三七円

(3) 原告に発生した休業損害及び逸失利益に対する填補として一一七一万〇〇六四円

(4) その他に、追加金、諸費用として四〇一二万一九五二円

(5) 平成七年一月一九日付で三二〇万三一八〇円

(二) また、原告は、自賠責保険金として二〇〇〇万円を受領している。

二  争点

1  過失相殺

(被告らの主張)

本件事故は、被告土田が加害車の前部右ドアを僅か二〇センチメートル位開けて後ろを見ようとしたとき、被害車が相当なスピードで走行してきてその左ハンドルを接触させて転倒したために生じたのであるから、原告にも過失がある。

2  原告の損害

(一) 原告の主張

(1) 入院治療費

原告は、入院治療費として、以下のとおり、合計一五四五万四四九九円の支払を要した。

ア 昭和六二年一〇月一日から同年一二月末日までの入院治療費として一三三万八五一四円

イ 昭和六三年一月一日から同年一二月末日までの入院治療費として五三七万四九八〇円

ウ 昭和六四年一月一日から平成元年五月一九日までの入院治療費として二〇四万八五八〇円

エ 平成元年五月一九日から同年九月三〇日までの入院治療費として一七八万〇九一〇円

(2) 休業損害及び逸失利益

ア 原告は、本件事故により、本件事故日から症状固定日の前日である昭和六一年三月三一日までの休業損害として二五一万円の損害が発生した。

イ 原告は、本件事故により、昭和六一年三月三一日にそれまで勤務していた森ビル開発株式会社(以下「訴外会社」という。)を退職することを余儀なくされた。原告は同社の役員であり、本件事故に遭遇しなければ満七〇歳まで勤務することができたはずであるから原告の逸失利益は一億九三五八万六六八八円となる。

ウ 右合計は一億九六〇九万六六八八円であるが、被告らから一一七一万〇〇六四円の支払を受けているので、残額は一億八四三八万六六二四円となる。

(3) 付添介護費(過去分)

原告の付添介護費としては、以下のとおり、合計三一三七万六一〇〇円を要した。

ア 昭和六二年一〇月一一日から平成五年七月末日までの付添介護費として二八三八万八一〇〇円

イ 平成五年一〇月一日から口頭弁論終結時である平成七年二月一〇日までの近親者付添費として二九八万八〇〇〇円

(4) 建物改装費・装具費等

原告は歩行困難であるため、生活に必要な建物改装、身体装具に合計一三六万一八二三円の支払を要した。

(5) 将来付添介護費について

原告は、口頭弁論終結時である平成七年二月一〇日の翌日以降の将来の付添介護費用として、三六八〇万一六三六円の支払を要する。

(6) 慰謝料

原告が、本件事故によつて、精神に著しい障害を残し、終身、常時介護を要する状態に陥つたのであるから、これを慰謝するためには、二〇〇〇万円が相当である。

(二) 被告らの主張

(5)の将来付添介護費の算定に当たつては、原告の生活機能が低下したことから、経験則上、原告の余命が通常人に比べて相当程度短くなつていることを斟酌して計算すべきである。

3  被告土田の惹起した本件事故についての被告営業組合の使用者責任の成否(乙事件被告らに対する主張)

(一) 原告の主張

本件事故は、被告土田が、被告営業組合が事業内容の一環として行つている配車の無線連絡を受けるために待機していた際に発生したものであるところ、右待機行為が被告営業組合の業務の一部を構成する不可欠な要素であることからすると、本件事故は、被告営業組合の業務執行によつて惹起されたものである。

すなわち、被告営業組合は、タクシー利用希望の顧客からの電話受付施設等を設け、専属の職員を配置し、顧客からの電話による依頼を都内各所に設けた電波中継所を使つて各タクシーへ伝達するという無線による配車制度を組織、運営しており、右タクシー無線業務は、被告営業組合の事業に該当するものである。無線配車制度は、一定の場所への配車を迅速に行うため、相当数のタクシーが組合の無線による配車活動に参加し、相互の活動に依存する一個の組織体として活動することによつて実現されており、そのため、無線受信、応答について、空車待機を登録した順に従い、順次配車連絡を行い、登録した者は、その登録地域内に車に乗つて待機し、顧客依頼に応ずる旨連絡した場合は、迅速に指定場所に赴くことを義務付けられ、これを怠ると不利益処分を受ける等、一定の規則を設けて規律され、統一された指揮命令関係が確立され、個々のタクシーはこれに従い活動しているのである。このように、被告営業組合の活動実体は、対外的に一個のタクシー会社と同様のものであり、個々の組合員は、その従業員と同視し得るものである。

被告土田も、被告営業組合の無線事業に関し、その指揮監督下に活動を行つたものであり、その過程で本件事故を惹起したものであるから、被告営業組合は、民法七一五条の使用者責任を負う。

(二) 乙事件被告らの主張

被告営業組合と被告土田とは使用者、被用者の関係にはない。

また、配車の無線連絡は、被告営業組合が、組合員たる個人タクシー事業者に対する旅客運送事業の補助サービスとして行つているものであり、被告営業組合は、その無線連絡による指示に従うか否かはもとより、無線連絡をどこで停車して待機するかについて組合員に対して指示強制するものではない。したがつて、被告営業組合と被告土田との間には、指揮命令、支配従属関係はないから、使用者と雇用者の関係でなく、右待機行為が被告営業組合の業務執行行為の一部ではない。

4  被告営業組合は被告土田の無線待機行為に関する安全教育義務懈怠により不法行為責任を負うか(乙事件被告らに対する主張)

(一) 原告の主張

被告土田による配車の無線連絡の待機行為が被告組合の業務執行に含まれないとしても、被告営業組合の理事又は代行者は、組合員である被告土田に対し、予め危険のない待機方法について指示教育するとともに、安全な待機が実施されているか否かについて指導、監督、是正すべき義務があるところ、これを懈怠したために、被告土田が駐車禁止区域において漫然と待機していたことから本件事故が発生したのであり、被告営業組合は民法四四条に基づく直接的な損害賠償責任を負う。

(二) 乙事件被告らの主張

前項で述べたように、被告営業組合は、組合員に対し、無線連絡をどこで停車して待機するかについて指示強制しておらず、待機行為をどのように行うかは組合員各自の判断に委ねられるべき事項である。

5  本件規約及び本件約款に基づく損害賠償給付金の支払義務(乙事件被告らに対する関係)

(一) 原告の主張

(1) 本件規約一九条、交通共済約款(乙二)三条は、被害者の直接請求権を定めたものである。

仮にそうでないとしても、被告土田に対する損害賠償請求権を被保全権利として、被告土田の共済金請求権を代位行使する。

(2)ア 本件約款七条及び本件規約一九条は、一事故についての保険金の上限を二億円とし、被害者が一名の場合には一億円を上限とする旨規定しているが、客を乗車させるために常に被害者が複数になることが予想されるタクシー業においては損害賠償額が二億円を超えることは容易に予測されるのだから、このように支払限度額を設けることは被害者はもとより組合員にとつても不利であり、一般の任意保険で対人無制限加入が通常になりつつある状況下では異常に低いことからして不合理な規定である。また、一名につき一億円の上限規定についても、一事故につき被害者が一名という確率は低いこと、組合員が支払う保険掛け金は一事故について最大二億円が支払われることを前提に算定されているはずであることからすると、このように二重に金額を限定することには何ら合理的根拠がなく、前記の一名につき一億円の制限規定に限り無効と解すべきである。

イ 本件規約一八条三項が「示談解決」までの中間給付立替金しか規定していないことからすると、本件規約は損害賠償金の確定事由として「判決確定、裁判上の和解、調停」を想定しないから、「判決確定、裁判上の和解、調停」によつて確定した損害賠償金であれば、前記の支払限度額に関する規定が適用されないと解すべきである。

(二) 被告らの主張

(1) 原告の乙事件被告らに対する直接請求権については争う。

原告の被告土田に対する損害賠償額が確定すれば、乙事件被告らは被告土田に対して一億円を限度とする給付を行うため被告土田は無資力でなくなるから、原告は、乙事件被告らに対し、被告土田に代位して損害賠償給付金を請求することはできない。

(2) 支払限度額に関する条項の存在

本件約款七条及び本件規約一九条は、組合員が職務上交通事故を起こした場合における損害賠償給付金の金額が、自賠責保険金とは別に一事故につき一名一億円を限度とする旨規定しているから、乙事件被告らは、原告に対し、一億円を超える金員を支払う義務はない。

三  争点に対する判断

1  争点1(過失相殺)について

(一) 前記争いのない事実、甲一、二、二三、乙一の1ないし12、14、16、証人東窪富美子、弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

(1) 本件事故現場は、飯倉片町交差点方面(北側方面)から新一の橋交差点方面(南側方面)に向かう片側三車線の道路(谷町志田町線。以下「本件道路」という。)の最も左寄りの第一車線上であり、車線の幅は、第一車線が三・七五メートル、第二車線が二・九〇メートル、第三車線が三・二〇メートルで、白い破線で区切られている。本件事故現場付近は、本件道路がゆるやかな左カーブになつているところで、北側方面から南側方面に向かつて下り坂となつており、夜間における照明は明るく、警察官による実況見分が行われた時には交通状態は閑散であつた。

本件道路は、駐車禁止、時速五〇キロメートルの速度規制がなされている。

(2) 原告は、本件事故当時、東京都港区虎の門三丁目五番一号所在の訴外会社の取締役部長であり、仕事で帰宅が遅くなる場合には、被害車で出勤することがあつた。原告は、本件事故当日も被害車で出勤しており、本件事故は、原告が被害車で訴外会社から帰宅する途中で発生したものである。

(3) 被告土田は、昭和四八年八月に個人タクシーの事業免許を取得し、同年一二月から営業を始めていたものである。被告土田は、本件事故当日の午後四時三〇分ころ、自宅を出発し、各所で旅客を乗せて稼働したり、空車のまま流したりした後、午後七時三〇分ころに麻布十番で食事をしながら休憩をとり、約三〇分経つてから再び各所を営業のため走行した後、本件道路を飯倉片町交差点方面から新一の橋交差点方面に向かつて走行し、午後九時四〇分ころ、被告営業組合から配車の無線連絡による指示を受けるためにいつも待機している本件事故現場の第一車線上に、左端から〇・三五ないし〇・四五メートル程度離れて加害車(車の長さは四・六九メートル、車幅は一・六九メートルである。)を停車させた。

(4) 被告土田は、加害車を停車させて約一時間程度右指示を待つていたが、用便を催してきたので排泄するために外に出ようとして後方の安全を確認することなく運転席右側ドアを約四五センチメートル程度開けたところ、本件道路の第一車線の右寄りを後方から走行してきた被害車のハンドル左側がこのドアに衝突したため、被害車及び原告は横倒しになり、被害車は、右接触地点から約一〇・四メートル先に、原告の体は約九・五メートル先に停止した。

(5) 原告は、本件事故によつて頭部外傷、脳挫傷等の傷害を負い、高度の器質性精神障害を被つたために労働能力を完全に喪失し、常時介護を要する状況に陥つた(昭和六一年四月一日症状固定)。原告は、平成五年一〇月六日に禁治産宣告を受けたため、原告の妻東窪富美子が後見人となつた。

(二) 以上の事実を総合すると、原告は、本件道路の左側通行を遵守して本件事故現場付近に差しかかつた際、本件事故現場付近が下り坂であること及び前示の衝突後の被害車や原告の停止位置からすれば、相当程度の速度で走行していたことは推認することができる。しかし、本件事故は、後方の安全を確認することなく急に運転席ドアを開けて、道路左端を走行する被害車と衝突させる状況を作出した被告土田の過失に起因するものであり、この過失の重大性に鑑みれば、原告が、時速三〇キロメートルの法定速度を過失相殺を斟酌すべき程度に至るまで著しく超過していたと認定することはできないから、被告らの過失相殺の主張には理由がない。

2  争点2(損害額の算定)について

(一) 入院治療費について

甲一三、甲一四の1ないし12、甲一五、一六、乙六、三四の1、2、弁論の全趣旨によれば、入院治療費については、昭和六二年一〇月一日から同六二年一二月末日までの分として一三三万八五一四円(二二三万九一九二円-(四五万七八六八円十四四万二八一〇円))、昭和六三年一月一日から同年一二月末日までの分として五三七万四九八〇円、昭和六四年一月一日から平成元年五月一九日までの分として二〇四万八五八〇円、平成元年五月一九日から同年九月三〇日までの分として一七八万〇九一〇円、合計一〇五四万二九八四円を要したことが認められる。

(二) 休業損害及び逸失利益について

(1) 休業損害について

ア 前記認定事実、甲四の1ないし4、証人東窪富美子、弁論の全趣旨によれば、原告は訴外会社の取締役部長の地位にあつたが、本件事故により勤務不能となつたために昭和六一年三月三一日に同会社を退職することを余儀なくされたこと、本件事故の発生した昭和五九年七月の原告の月収は八三万五〇〇〇円であつたこと、原告は、同年一二月まで同額の給与を受けていたが、昭和六〇年一月から同六一年三月までは三三万四〇〇〇円少ない五〇万一〇〇〇円の月収しか得られなかつたこと、本件事故の前年である昭和五八年における年間賞与は一五〇万円であつたが、本件事故の発生した昭和五九年の年間賞与は本件事故により勤務不能となつたために一〇〇万円となり、昭和六〇年のそれは零であつたことが認められる。

イ 以上の事実を総合すれば、原告は二五一万円を下回らない休業損害が発生したことが認められる。

(2) 逸失利益について

ア 前記認定事実及び甲二四、証人東窪富美子によれば、原告の本件事故当時の月収は八三万五〇〇〇円であり、本件事故時の直前である昭和五八年度の賞与は一五〇万円であつたこと、原告は、本件事故により、昭和六一年三月三一日付けでそれまで勤務していた訴外会社を退職せざるを得なかつたこと、原告は本件事故当時、同社の開発企画部門を統括する取締役部長として経営に参画し、現在の代表取締役社長である森稔や本件事故当時の代表取締役社長であつた森泰吉郎の絶大な信頼を得ていたこと、森稔は、仮に本件事故がなかつたならば、原告は将来役付取締役に昇格したであろうと確信している旨当裁判所に表明していること、本件会社には取締役の定年に関する定款上の規定がないことが認められる。

イ 以上の事実を総合すると、原告は、本件事故に遭遇しなければ、症状固定日である昭和六一年四月一日(原告四一歳)以降も訴外会社の取締役の地位に引き続き在任して同社に勤務していた蓋然性が高いと推認できる。したがつて、原告の逸失利益を算定するに当たつては、本件事故当時の月収八三万五〇〇〇円、本件事故の前年度の年間賞与一五〇万円の合計額である一一五二万円を原告の基礎年収とした上、原告が本件会社の取締役として一般的な労働可能年齢として当裁判所に顕著である満六七歳まで勤務することを前提にするのが相当である。

そうすると、原告の逸失利益は、以下のとおりである。

一一五二万円×一四・三七五一(二六年のライプニツツ係数)=一億六五六〇万一一五二円

ウ 右合計は一億六八一一万一一五二円であるが、被告らから一一七一万〇〇六四円の支払を受けているので、残額は一億五六四〇万一〇八八円となる。

(三) 付添介護費(過去分)について

甲一七の1ないし7、乙八二ないし八八の各1、2、証人東窪富美子、弁論の全趣旨によれば、付添介護費(過去分)については、昭和六二年一〇月一一日から平成五年七月末日までの分として二八〇八万〇三九九円(二八八三万〇九四〇円-七五万〇五四一円)を要したことが認められ、平成五年一〇月一日から口頭弁論終結時である平成七年二月一〇日までの近親者付添費としては、相当と認められる一日六〇〇〇円を基礎に算定すると二九八万八〇〇〇円である。

よつて、合計すると、三一〇六万八三九九円となる。

(四) 建物改装・装具費等

甲一八の1、2、甲一九、甲二〇ないし二二によれば、原告は、建物改装費として一〇九万八七七七円(一〇五万八七七七円+四万円)、電動ベツド代、車椅子代、リハビリシユーズ代としてそれぞれ三万二三一〇円、七万一二五〇円、一万七二二二円、合計一二一万九五五九円の支払を要したことが認められる。

(五) 将来付添介護費について

(1) 口頭弁論の終結した平成七年二月一〇日の翌日以降における原告に対する近親者付添費としては、相当と認められる一日六〇〇〇円(年額二一九万円)を基礎とし、症状固定日である昭和六一年四月一日における原告の平均余命(約三六年)から右口頭弁論終結時までの年数(約九年)を控除した二七年間につき認めることが相当である。

そうすると、原告に対する将来介護費は以下のとおりである。

二一九万円×(三六年のライプニツツ係数一六・五四六八-九年のライプニツツ係数七・一〇七八)=二〇六七万一四一〇円

(2) これに対し、被告らは、原告の症状からすると、原告の平均余命が通常人のそれに比べて相当程度短くなつている旨主張するが、これを認めるに足る証拠がないので、右主張は採用しない。

(六) 慰謝料

本件事故態様のほか、原告の年齢や障害の程度、原告の仕事における将来性や平穏な家庭生活が一瞬の事故によつて破壊されてしまつたこと等の諸事情を勘案すると、原告に対する慰謝料としては二〇〇〇万円が相当である。

(七) 合計

以上の項目に係る損害額を合計すると、二億三九九〇万三四四〇円となる。

3  争点3(被告営業組合の使用者責任の成否)

(一) 前記争いのない事実、前記認定事実、甲五、乙五、被告営業組合及び同交通共済の各代表者理事渡邊七五郎(以下「渡邊」という。)、弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

(1) 被告営業組合は、組合員の相互扶助の精神に基づき、組合員のために必要な共同事業を行い、もつて組合員の自主的な経済活動を促進し、かつその経済的地位の向上を図る事を目的として設立された団体である。

被告営業組合は、その目的を達成するために、組合員の事業に関する無線その他の共同施設の設置及び運営管理並びに組合員のためにする運送の引受及び配車に関する共同事務(以下「本件事業」という。)を始めとする各種の事業を行つている。

(2) 被告営業組合は、本件事業を行うために、タクシー無線通信を利用して、以下のような旅客に対する配車を行つている。すなわち、被告営業組合を通じて旅客を獲得することを希望する組合員は、被告営業組合の配線司令室に対し、空車である旨無線登録する。空車である旨無線登録した組合員は、配線指令室からの無線連絡を受けるまでは登録した区域内で待機する。旅客が被告営業組合に対して電話による運送契約の申込みをすると、被告営業組合は、配車指令室から、同契約を締結し、履行することが可能でかつ旅客のいる区域内で空車である旨無線登録した組合員を登録した順序に従つて無線で呼び出す。無線連絡を傍受した組合員が、目的地まで距離二キロメートル、五分以内に到着できると判断した場合にはこれに応答し、被告営業組合から配車指令を受けて最短距離、短時間で目的地に直行し、旅客の運送業務を遂行することになる。

(3) 空車である旨無線登録した組合員は、配車司令室からの無線連絡を受けるまでの間、車両を停車させて待機する場合もあれば、いわゆる流しの旅客を得るために空車のまま走行しながら待機する場合もある。もし流しの旅客を得た場合や無線登録を解除したい場合には、組合員は空車登録を取り消す措置をとることが被告営業組合の無線研修会要項の中で定められているが、待機する方法については特に規定はない。

(4) 空車である旨無線登録した組合員は、配車司令室からの無線による呼び出しに対して常に応答して旅客運送業務を遂行しなければならないわけではない。配車指令室は、組合員からの応答がない場合には、登録順に従つて順次呼び出していく。しかしながら、右呼び出しに応答して配車指令を受けた組合員は同指令に従わなければならない。これに違反した場合には、違反行為点数が付与され、所定の点数に達すると無線営業の停止又は取消等の罰則処分を受けるため、当該組合員は、被告営業組合による無線配車事業による旅客斡旋の恩典を受けられなくなる。

(二) 以上の事実を総合すると、被告営業組合は、必ずしも、旅客運送事業を行う主体として、個人タクシー事業を営む組合員を指揮監督して同事業を行わせることを目的としてはいないから、組合員が、被告営業組合の行う旅客運送事業を執行しているわけではないこと、組合員は自主的で独立した旅客運送事業者として被告営業組合に参加し、同組合が行つている本件事業を含む各種事業によるサービス等を享受するか否かを自主的な判断で決定することができる地位にあることが認められる。もつとも、前記のとおり、被告営業組合の内規(前記の無線研修会要項)を遵守しない場合には、組合員は同組合による事業サービスを享受できなくなる場合があるという点において、被告営業組合によつて組合員の行動には一定の制約が加えられることになるが、これは、タクシー利用者へのサービスである無線配車という制度自体を維持するため、それを利用する組合員へ課される最低限の規律であるにすぎず、組合員か右規律に服して無線配車を受けることをもつて、組合員が被告営業組合の無線配車事業自体を執行しているとはいえないことはもちろん、被告営業組合の指揮監督下にあり、組合員の自主性、独立性か否定され、支配、従属関係にあると認めることもできないというべきである。

よつて、被告土田が被告営業組合の業務を執行しているわけではなく、同被告と使用、被用関係にあるわけでもない以上、本件事故が被告土田の無線待機行為中の不法行為であることをもつて、被告営業組合が使用者責任を負うとは認められず、原告の主張には理由がない。

4  争点4(被告営業組合の無線待機行為に関する安全教育義務懈怠による不法行為責任の成否)について

原告は、被告営業組合が組合員に対する安全な待機に関する指導、監督、是正を怠つていたこと、具体的には、本件事故現場付近が駐車禁止区域であるにもかかわらず(乙一の八)、被告営業組合が被告土田に対して駐車禁止区域における待機行為をしないように指導、監督、是正していなかつたことをもつて、組合員に対する前記指導等の義務懈怠を主張するが、本件事故の不法行為者は、被告土田であつて、被告営業組合の代表理事等でない上、そもそも駐車禁止区域で車を止めて待機する行為(道交法上の「駐車」(二条一八号)に該当する。)が道交法四四条違反となることは明らかであるから、被告営業組合が改めてタクシー運転手である被告土田らに対し原告の主張するような交通法規遵守の指導をあえて行わなかつたとしても、それが直ちに原告に対する不法行為となる作為義務違反に当たるとは解されない。

また、本件事故現場が駐車禁止区域であるにもかかわらず、組合員が日常的に無線連絡の待機のために停車する場所としていたために、周囲の交通状況に支障を与えており、被告営業組合はこれを熟知していたにもかかわらず、これを放置していた等の特殊の事情も窺えず、却つて、被告営業組合が警察から個々の組合の違法駐車の対策を講じるように指導を受けたこともないのである(渡邊共述)から、本件において、被告営業組合が、個々の組合員の待機行為に関する指導、監督、是正義務があつたと認めることもできない。

5  争点5(本件約款及び本件規約に基づく損害賠償給付金の支払義務)

(一) 甲五、六、乙二、弁論の全趣旨によれば、被告営業組合はその事業の一つとして行つている共済に関する事業(定款七条六号)を適正に運営するために交通共済部(被告交通共済の前身)を設置したが、その内部的な組織運営や交通共済給付等を具体的に定めたものが本件規約であり、また、対人損害賠償給付金等の交通共済給付金の具体的な給付方法等を規律する規範が本件約款であると認められる。

したがつて、損害賠償給付金の支払に関する権利義務の内容は、本件規約及び本件約款上の規定によつて規律されることとなる。

(二)(1) 原告は、交通事故によつて二億円を超える損害が発生する場合があることは予測可能であり、対人賠償額無制限とする一般の任意保険の存在と比較しても、一事故二億円、被害者一名の場合には一億円と限定する本件約款七条及び本件規約一九条の損害賠償給付金の支払限度条項は被害者のみならず組合員にとつても不合理である旨主張する。しかしながら、交通共済契約の共済費は、対人賠償額を無制限とする任意保険契約の保険料に比べて、その金額が相応に安く設定されていると推認されるところ、組合員が被告営業組合に加入して交通共済事業の共済契約を締結する場合には、事前に本件約款及び本件規約の規定内容を知得しているのが通常であることからすると、右共済契約を締結する組合員は、より安価な賦課金という利点を優先させ、交通事故によつて損害賠償債務を負うに至つた場合には、自賠責保険金と損害賠償給付金の合計額が賠償すべき損害額に不足する場合が生じ得ることを当然に認識していると認められる。そうすると、組合員と被告営業組合とが共済契約を締結している以上、多額の損害賠償額をもたらす交通事故が発生したからといつて、組合員にとつて本件約款七条、本件規約一九条の支払限度条項が直ちに不利で不合理であるとはいえない。

他方、被害者にとつては、加害者が任意保険等に加入しているか否か、加入している場合どのような給付を受けられるかは、専ら加害者となる者の事前の自由な選択に委ねられているところであつて、そもそも事故発生前後を通じ、被害者がその契約の存否や契約内容、条件について主張できる立場にないからといつて、それが不合理であるともいえない。このように解すれば、特に個人タクシーの場合に支払限度額を超える被害者が出現した場合、加害者である個人タクシーの事業者の資産如何により超過分の損害を填補し得ない場合が生じ得るが、これは定額の任意保険しか付保していない一般車両が事故を引き起こした場合と変わらないのであり、支払限度条項が直ちに不合理であるということはできない。

(2) また、原告は、被害者が一名に止まる交通事故が少ない以上、一事故の被害者一名につき一億円という上限規定には意味がなく、一事故二億円の上限規定こそに意味がある旨主張するが、被告営業組合は、前者のような支払制限規定は、被害者一名につき一億円を超える損害額が発生する事故の確率が比較的少ないことを前提に、各一億円を超える損害を給付対象から除き、その分掛け金である共済費を安くした共済制度として設計、設立、運営しているものと推認されるから、右支払制限規定が重要な意味を持つ契約内容であることは明らかである。

(三) さらに、原告は、本件規約一八条三項が「示談解決時点迄の中間給付金はこれを立替金として取扱う」と定められていることから、右条項をもつて、同規約が「判決確定、裁判上の和解、調停」によつて確定した損害賠償金であれば、前記の支払限度額に関する規定が適用されない旨主張する。

しかしながら、本件規約一八条は、交通共済給付金の種類を定めたものであつて、同条三項は、中間給付金の性質を定めたものに過ぎず、支払限度額とは無関係の条項であることは明白であるのみならず、本件約款第三条が、共済契約を締結した組合員(以下「契約者」という。)に対する損害賠償請求権者(以下「請求権者」という。)は、以下のいずれかの条件に該当するときは、被告営業組合が契約者に対し共済責任を負う限度において、被告営業組合に対して損害賠償額の支払を請求できる旨規定し、その条件の一つに、契約者が請求権者に対して法律上の損害賠償責任の額について契約者と請求権者との間で判決が確定したとき、または裁判上の和解もしくは調停が成立したときを挙げているのであつて、本件規約及び本件約款に基づく損害賠償給付金の支払については、判決確定、裁判上の和解、調停によつて確定した損害賠償金であつても、前記の支払限度に関する規定が適用されることは明らかである。

(四) 以上のとおり、本件規約及び本件約款に基づく損害賠償給付金の支払請求権については、前記認定のとおり、一交通事故で被害者一名の場合には損害賠償給付金の金額を一億円を上限とする旨の規定が適用され、また、前記争いのない事実によれば、本件では、被告交通共済は原告に対し既に合計一億〇〇七八万七一二〇円を支払つたことが認められるから、原告の請求は、その法的性質が直接請求権によるものか、債権者代位権の行使によるものかを問わず、その余の点を判断するまでもなく、理由がない。

四  結論

以上のとおり、原告の被告土田に対する請求は、前記認定に係る原告の損害額の合計額二億三九九〇万三四四〇円から、前記争いのない第二の一3(一)(3)及び(4)並びに同(二)の損害に対する填補額合計六三三二万五一三二円を控除した一億七〇五七万八三〇八円の限度で理由があり、被告営業組合及び同交通共済に対する請求はいずれも理由がない。

(裁判官 南敏文 生野考司 渡邉和義)

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